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雑感(茜さす帰路照らされど)
2006.04.15 (Sat)
椎名林檎の無罪モラトリアムをよく聴きかえす。
全編外れなし。1stアルバムなのに本当にすごいクォリティで驚かされる
中でも「茜さす 帰路照らされど‥」は一番好きですな


何時もの交差点で 彼は頬にキスする
また約束もなく 今日が海の彼方に沈む
ヘッドフォンを耳に充てる
アイルランドの少女が歌う


はいここんとこでつらつら思うのが歌詞の妙。

ここを「アイスランド」とするだけで台無しになってしまう。
「アイスランドの少女」からはビョークが強く想起されてしまうからだ(ビョークはもう40がらみの子持ち中年だが幾つになっても少女性を強く感じさせる人である事に異論はないだろう)。

時代や地理を超えた普遍的なシーンを切り取ったこの歌で「アイスランドの少女」とやる事は、それが具体的な「ビョーク」というイメージを伴うだけにが明らかに聴き手に余計な想像を強いてしまいここで歌われる世界を台無しなものにしてしまう。
ビョークというシンガーの強烈な個性故だ。彼女は万人に広く受け容れられるものではない。ビョーク大好きという聴き手もいればビョークを大嫌いな聴き手もいる。「ビョークが好きな女」が嫌いという聴き手も中にはいるだろう。いずれにせよ、「アイスランドの少女」とやるだけでこれだけ聴き手の想像力を散逸させてしまう事に変わりは無い。
50年前でも50年後でも違和感なく聞くことが出来る普遍的な心象風景を歌ったバラードに明らかにそぐわない文句である事は明らかだ。

(さてそこでアイルランド出身のエンヤはいいのかという話になる。ビョークとは対照的に、エンヤから母性ならともかく少女性を見出す者は普通いないので問題なし。「アイルランドの女」ならともかく「アイルランドの少女」をキーとしてエンヤを連想する事はない)

普遍性といえば星新一。
氏の作品の登場人物で「エヌ氏」という匿名の主人公が度々登場するのは有名だが、これは固有名詞を登場人物に当てることで読者がその固有名詞に対して自分の持っているイメージを当てはめてしまう事を避ける為と本人が語っていた事を読んだ事がある。
また自らの作品に普遍性を持たせる為に、世の流行や具体的な描写を取り入れる事は意識して避けていた。
例えば大金について書く場合は
『や、これは大変な大金。』といった具合。
決して100万円とか1億円とかいう書き方をしない。これは最後まで徹底していた。
彼の著作が広く数十カ国で翻訳され愛読されているのは、氏の書く内容に具体的な時代・風俗・地域を明示する描写が極端に少ない事も理由の一つであろう。


話が逸れたが、椎名林檎があえて普通の聴き手にはイメージの湧かない事から「アイルランドの少女」と書いたのであれば流石という他は無い。うんお見事。
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