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ドクター野口
2006.05.03 (Wed)
「野口英世賞」創設―首相 アフリカの医療貢献者対象

【アクラ2日共同】小泉純一郎首相は2日午後(日本時間3日未明)、ガーナのクフォー大統領とアクラで会談し、アフリカのために働いている医学研究者、医療従事者を対象とする「野口英世賞」を創設する考えを表明した。

 首相は会談で「ノーベル賞に劣らないような賞にしたい」と述べ、クフォー大統領も賛意を示した。首相は会談後の記者会見で「さまざまな病気の克服は、アフリカの人々が最も望んでいる対策の1つだ」と述べ、アフリカでの医療や医学研究の重要性を強調した。

 2008年に東京で開催される第4回アフリカ開発会議(TICAD)で第1回の授賞式を行う方針。同賞の詳細な内容については今後、調整する。

 野口博士は福島県出身。1900年に渡米後、ロックフェラー医学研究所などで細菌の研究者として数々の業績を挙げた。黄熱病の研究のため27年にアクラに出張した際、黄熱病に感染し、翌28年5月、アクラで死去した。
2006年05月03日06時09分


会津若松市には野口英世青春通りという通りがあり、
かつて野口清作少年の火傷で癒着した手を手術した医院が「野口英世青春館」というカフェとなっている。
ミルクティーがおすすめ。

野口英世について記録されている功績としては、今となっては梅毒スピロヘータの純粋培養程度しか残っていない。
その他の功績は悉く覆され否定されてしまっている。電子顕微鏡のない時代だったのが不運であったのかもしれない。
何万本でも標本を作って実験を繰り返す手法を得意とした野口は決して新しい技術を編み出す事はなかったが、既存の技術を極限まで極める職人的研究者の極北であった。
その点では彼が技術立国日本の象徴として紙幣に登場するのは頷けるような気がする。
貧困と逆境、既存の権威への挑戦、あくなきバイタリティ、荒れ放題の私生活など彼の人生はそのまま戦後日本の姿と重なって見えないだろうか。
その野口を紙幣に採用するという事で日本の余裕と成熟が感じられる。
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